鉄路望景

和田岬駅

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 和田岬線終点駅。

和田岬駅
 和田岬駅

 JR東海道本線の兵庫駅から1駅だけ伸びている和田岬線の終着駅。
 いわゆる盲腸線と呼ばれる路線ですが、和田岬の企業の通勤の足として活用されています。通勤時しか運行がないので昼間の時間帯は全く列車の運行がありません。

 また、駅に駅員がいない無人駅。更に言えば改札なしの無改札駅です。
 これは乗る時と乗り換えを行う兵庫駅で運賃を支払うシステムになっているので、和田岬駅にはICOCAの端末すらなく、乗り場へのゲートなど一切ありません。

 和田岬線に乗車するには兵庫駅ならば通常改札を通って、和田岬線乗り場に通ずる改札を通過する必要があります。往路はここで和田岬駅までの運賃が徴収されます。
 和田岬駅からは、改札がありませんのでそのまま乗車。兵庫駅で和田岬線専用改札を通る段階で運賃が発生します。そのまま兵庫駅の改札を通って下車するか、東海道本線・山陽本線へ乗り換えて下車駅で精算となります。

 朝夕は兵庫駅の乗り換えで人の出入りがありますが、写真のように朝夕の通勤時間帯以外の運行されない時間帯には駅員も無人、乗客もいない本当の無人駅に近い状態にあります。

201系電車

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 この車両、現在は塗色が変更され東大阪線で活躍しています。

クハ201-120
 201系電車(クハ201-120)
 撮影2010年11月

 サイリスタによるチョッパ制御に加えて回生ブレーキを装備した車両で、それまでの103系に代わる近郊型の省エネ車両として導入されました。

 オレンジ色の塗色で運行されていた大阪環状線の201系電車は2019年6月をもっておおさか東線へと転属し。このクハ201-120(LB09)は2017年12月に一部車両(サハ201)を取り除いておおさか東線を運行する車両となっています。
 但しおおさか東線は順次201系を廃止し221系へと入れ替えが行われるため、緑色塗色の車両としても見ることがいつまでできるのかはわかりません。
 

テツコ

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 黒柳ではない。

信楽テツコ
 信楽テツコ

 信楽高原鉄道の駅舎エントランス横にある信楽焼きのたぬき像。
 どうやら、コイツが駅長らしい(笑)。

 信楽焼は鎌倉時代から続く大変歴史の古い焼き物なのですが、一般的にはたぬきの置物が有名すぎて本来の信楽焼そのものの認知度が薄いのが困りものです。
 焼き上げ時の灰がかぶる事で自然の釉薬となるビードロ釉や焦げなどが特徴で、備前焼と同じく土と炎が織りなす侘び・さびの焼き物なのです。

 有名すぎるたぬきの置物は案外歴史が浅く、原型は明治頃のようです。
 過去にツーリングで訪問した時に写しておいた駅前の巨大たぬき像は高さが5.3mもあるとか。

SKR310形
 信楽高原鉄道の車両(SKR310形 SKR312)
 撮影2010年5月

 実際のところ、信楽焼の全生産量からするとほんの数%以下なのだそうですが、イメージが付き過ぎているいるのもあり「信楽=たぬき」のせいか、信楽高原鉄道の車両にもたぬきが描かれていたりします。

半永久連結器

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 固定編成を組む場合に使います。

半永久連結器
 半永久連結器

 接続を分離することができない棒連結器(永久連結器)ではなく、ボルトを外す事で編成を分離する事ができます。車両基地などで個別の車両整備を行う場合に締結を解かれます。
 それ以外では編成を組み替える事なく運用される前提の連結器です。
 密着連結器とは違い、空圧配管などは別ですので頻繁に連結を解く用途には向いていません。

神戸臨港線跡

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 ずいぶん前(2010年)に撮影していたのですがすっかり記事にできずにお蔵入りしていました。

阪神国道架道橋
 阪神国道架道橋

 明治40年(1907年)に貨物灘駅が新設(現在の摩耶駅一帯付近)、そこから分岐した小浜駅で貨物の取扱を開始。その後神戸港の整備が進み大正11年(1922年)に本の突堤が完成した事から引込線が延伸され神戸港駅と解消されます。
 時代とともに鉄道からトラック輸送へと移行して取扱量が激減した事で平成15年(2003年)に全ての臨港線が廃止されました。

 抵当廃止後に神戸市が公園道路として整備し、随所に当時の趣を感じさせるものが配置されています。

距離票
 距離票

 整備された廃線跡には各所に距離票が置かれています。真新しい状態の様ですので塗り直したか、同じもので新設したのでしょう。

見通し不良区間の標識
 見通し不良区間

見張員
 見張員

 同様に見通し不良区間や見張員の距離の標識も何ヶ所か設置されていますが、これは当時の現物らしく、痛んだものばかりです。

線路1

線路2
 線路

 当時の線路の一部が撤去されずに残されている場所もあります。
 一部に敷設されていて撤去された枕木が山積みされていました。

橋本架道橋
 橋本架道橋

 線路が通されていた区間をそのまま道路公園にしたため、一番初めの写真である国道2号線に架かっていたような当時架けられていた鉄道橋もそのまま道路へと作り替えられています。

ミニ線路
 ミニ線路

 廃線跡道路には一部このようなミニ線路が敷設されていて、廃線鉄道跡だった頃を偲ばせます。ここは実際にミニSLが走行するイベントが開催されているそう。

廃線跡地
 廃線跡地

 また一部には廃線跡を湿す当時の盛り土のまま箇所も残されています。
 ここが廃線跡だと知らなければ単なる草ぼうぼうの地面にしか見えませんね(苦笑)。

 この散策では国道国道架道橋から灘方面へと向かっていますが、臨港線の遺構は神戸港駅跡地を含む神戸震災復興記念公園(みなとのもり公園)にもありますので興味ある方はそちらも訪れてみられてはいかがでしょうか。

マルタイ

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 たいたんぱあくん「ガガガガガ」。ラーメンじゃありません。

マルチプルタイタンパー
 マルチプルタイタンパー
 Plasser & Theurer 08-16

 京阪電車所有の保線車両であるマルチプルタイタンパーで愛称「まるたん」だそうです。鉄道マニアからは「マルタイ」と呼ぶ様ですがインスタントラーメンメーカーと同じですね。それでワルノリかどうか判りませんがJR韜晦とのコラボ商品まであるそうです(笑)。

 線路を持ち上げ下に敷かれたバラストを突き固めて線路の沈みや歪みを補正するための装置を搭載した車両で、写真の車両製造会社であるプラッサー&トイラー(Plasser & Therurer:オーストリア)のほか、マティサ(MATISA:スイス)などありますが、大型のタンピング車両を製造している会社は多くありません。

 工場の一般公開等で実演を行う場合もありますが、実際に爪でバラストを搗き固める時や搗き込む時は地響きがしてかなり振動を感じます。工事予告のお知らせが周辺に入るのも頷けます。

特急「はしだて」

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 ずいぶん昔の写真を整理中に発見。

特急「はしだて」
 特急「はしだて」
 撮影2012年10月

 ツーリング途中で立ち寄った天橋立駅の改札外から居合わせた列車を撮影。行先表示と車両の一部しか撮影できませんでした。
 偶然居合わせたのを撮影したため、先頭車両や車番の写真がありませんでしたが、時期的に見て381系の車両ではないかと思います。

 現在の特急「はしだて」は287系電車、289系電車(683系2000番台の改装車両)およびKTR8000形気動車で運用されていますが、以前は写真の381系が、さらに前では183系の特急列車車両が運用されていました。

ロボットな駅員さん

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 いまでもたまに出てくるそうです。

ひごマシーン
 ひごマシーン

 ロボット的な駅員さんが改札外のコンコースにいました。
 大阪市交通局の鉄道部門が民営化され『大阪メトロ』となり、そこから民間鉄道事業社として親しみをもってもらおうと、駅員等従業者の方々がいろいろと施策を試行していたのでしょう。

 終業後に駅員室に回収されているのかは不明ですが、壁際にずっと立っています。
 睨みをきかしているというより乗客の方々を見守る感じでしょうか。
 かなり手作り感が溢れていて『ひごマシーン』と名札が付いていました。どうやらこの設置してある四つ橋線肥後橋駅のキャラクターのようです。
 季節によっていろいろと周りにオプションが付いて装飾されるようなので、見る事ができた人はラッキーかもしれません。

 

張力調整装置

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 新型ばね式。

張力調整装置
 張力調整装置

 これは錘の重量で張力をかける滑車式ではなく、内蔵されたばねで引っ張るタイプのばね式張力調整装置。型番から三和デッキ株式会社のテンションバランサだと推測されます。
 内蔵されたばねが碍子を介して繋がれた架線(トロリー線)を引っ張ります。
 形状から見て内側の筒と外側の筒の内部にそれぞれ高張力鋼のコイルバネが入っている二重ばねタイプの新型ばね式と呼ばれるものでしょう。

 当初ばね式の張力調整装置(テンション・バランサ)は300m程度で駅構内等の短い引留区間用として使用されていましたが、ばねに高張力鋼を用いる事でばねの細径化と多段化が可能になり調整距離が800mまで拡大され、本線にも広く使用されるようになったそうです。

東淀川旧駅舎

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 写真を整理していたら懐かしいものが。

地下通路入口
 地下通路入口

 開かずの踏切として有名だった東淀川駅の東側にあった北宮原第2踏切の閉鎖に伴って東西改札および上りと下りの間を移動するための地下通路が閉鎖されました。これは「開かずの踏切」をパスするために改札内だけでなく改札外の通路としても利用されていたものです。閉鎖に伴い東淀川駅の橋上化と通路として提供される部分が開放されました。

解体中の駅舎
 解体中の駅舎

 東淀川駅の旧駅舎は1940年に設置、新幹線の駅として利用される予定だったのが敷設計画変更で駅は今の新幹線との接続駅は新大阪駅に変更されました。当時は駅の廃止をする方針だった様ですが周辺住民からの苦情で存続。新大阪駅とはたったの0.7kmしか離れていない珍しい短区間の駅設置となっています。

撤去中の踏切舗装
 撤去中の踏切舗装

 踏切遮断機が撤去されても残されていたのがこの踏切内部を人や車が渡るための舗装部分。踏板が敷いてあったものを撤去すると砂利を引き直し枕木も新たに設置しなければならないのでなかなか規模の大きい工事になるので分割して小刻みに撤去していました。

 踏切が廃止されたのは2018年11月11日。
 写真の撮影日付は2019年3月24日と廃止後、時間が経過して徐々に廃棄施設の撤去が進んでいた時分です。

(参考)JR西日本のリリース

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