以前に紹介した看板がグレードアップしていました。

名案内コナン
シルエットだけだったのが今度はより具体的になりました。サングラスをかけてはいるものの、どう見てもあのマンがそのものです。ここまでやるとルパン十三世と同じで言い訳はできないと思うのですが…。
まさに十三ならではといえるでしょう。
以前に紹介した看板がグレードアップしていました。

名案内コナン
シルエットだけだったのが今度はより具体的になりました。サングラスをかけてはいるものの、どう見てもあのマンがそのものです。ここまでやるとルパン十三世と同じで言い訳はできないと思うのですが…。
まさに十三ならではといえるでしょう。
池田のまち角の図書館ですが、よく見ると・・・。

まち角の図書館
これは池高坂の途中にあるもの
石橋中学校校区のものか
大阪府池田市では屋外に誰が管理するわけでもなく24時間開放している図書館があります。図書コーナーといっても良いかもしれませんが名称は「まち角の図書館」といいます。
本はいつでもだれでも自由に借りることができますし、自由に寄贈してもらってかまいません。もちろん読んだ後はちゃんと元に戻して返却します。
この世知辛い世の中、このようなオープンな設備が維持され運営されていることが驚きに近いといっても過言ではないでしょう。損傷することも無くひっそりとではありますが、ちゃんと維持運営されているのです。
このまち角の図書館運動ですが、沖縄の与那原町から引き合いがありノウハウを受けて開設。そのときにノウハウの伝授に現地との交流が始まり、書籍運搬のための車を開設に当たって寄贈したということです。
その後与那原町では順調にまち角の図書館が運営され、そのの成功と協力に対する感謝と友好の記しとしてシーサーが贈られてきたそうです。

シーサーがいる
何気なくシーサーがいるな、と思うときそこに沖縄があるということですね。
ちなみにシーサー、神社にある獅子狛犬と同じで阿吽のクチをしています。二体一対ですが、必ず向かって右側が阿形で口が開いています。対して向かって左側は吽形となり、口を閉じています。これが逆の場合はおき方を間違えていると思って間違いありません。まあ、そんなことはほぼ無いと思いますが。
[参考資料]
丸山恵山著 文芸社刊
大阪の沖縄紀行 大阪と沖縄の近代交流史
2000年 8月 1日 初版第1刷発行
道場となるとかなり、改まった気分をもちますが。

からおけ道場 「きらく」
カラオケ道場となると、歌謡教室と言った方が通りがいいのかもしれませんが、あくまでも道場です。
もっとも、普通のカラオケで歌える呑み屋なのですが。
修行するのは店子か客か。やっぱりちょっとわかりません。
なんでも、かんでも、です。

「亜知屋(あちゃ)」
なんでもかんでもあちゃ
さっぱり判りません。
なにが、どう、なんでもなのか、さらに、かんでもなのか。
とにかく「あちゃ」なのです。
失敗したときに「あちゃ!?」という言葉を発することがあるかと思いますが、それと同じなのかどうなのか。
よもやこんなことで指摘されると思わなかったのでは。

正面

横から
梅田にあるPIAS TOWERなのですが、ごらんのようにビルの下部の4面ともこのようなでっぱりがあるのです。
周囲は公開空き地として敷地内ですので、このように空中に出っ張り部があっても問題は無いのですが、この出っ張り部分を何かに使いやすくするために存在しているとは思えません。
まるで背の高いビルの下腹部のふくらみ。いやいや、そんな風に捉えてはいけないのでしょう。
興味が無いので入りませんでしたが。

はんぶんや
現在、遊技場の貸し玉、貸しコインの単価はパチンコ玉一発で4円、スロットのコイン1枚で20円が通常の金額です。もっともこれらの貸し玉・貸しコインの金額で遊べる台はギャンブル性が大変高く、全然「遊べ」無いのが実情でして、1万円あっても1時間も持たない状態です。
で、ギャンブル性の高いことから遊技者の層から「ちょっと暇つぶしに」という用途の軽いホール来訪者が離れていってしまい、一発出したろか!の人たちばかりになってしまいまして、客数が減ってしまったという経緯があります。
これらを解消すべく貸し玉・貸しコインの料金を半額にしたのがこのお店。
もっとも、貸し玉1円、貸しコイン5円の店もあり、はんぶんやどころか四分一(しぶいち)屋ともいえる店が出現しています。
どちらにせよ、あの騒音と煙草の煙が充満した閉鎖空間には入りたくありませんので、勘弁ください。
日本橋に営業所があるというのはやはり地の利でしょうか。

太洋電機産業(株) 大阪営業所
社名を言われてもピンとこないかもしれません。
でも、半田ごてのgoot(グット)といわれると、お世話になっている方は多いのではないでしょうか。
日本橋の成り立ちを考えますと、とうぜん電子部品のほかにハンダ付けをはじめとした工具類も市場としてにぎわっていたと思われます。最近は寂しいことですが部品店が増えたとはいえまだ両手で充分足りる状態です。
とはいえ、一般消費者の市場としての日本橋はやはり大きいものなのでしょう。日本橋に営業所が置かれています。もちろん、商品を置いている店舗数からいてもこれだけ密集しているのは大阪では日本橋ぐらいでしょうから、迅速な対応には営業所がそばにあることが欠かせないということかと思います。
撮影しておいて寝かしておくと看板が変わってしまうことがあります。

「わさび」

「青とう」
どちらも壁は緑色。はじめのほうがわさび色といったほうが正解かもしれませんが、テナントが入れ替わり看板が書き換わりました。
味のある木目は消されて真っ白になり、微妙な筆遣いで違う店舗名に変わっています。
でも、壁はそのまま。
どちらのテナントにせよ辛そうな点が共通です。特に青とうが青唐辛子ではなく、ししとうのことを指しているとすれば当たりに遭遇すると半端なく辛いです。ギャーといいたくなるときもたまにあります。対するもとのわさびはツーンと来て鼻に抜ける刺激で涙が出そうになります。
やっぱりどちらも辛い。
くじらは美味しい。食べた後は…。

雪鯨橋
鯨の骨でできた橋というのは世界的にも珍しく、日本でもここだけしか掛かっていません。
欄干などが鯨の骨でできている鯨の橋。古くは渡る部分も鯨の骨などでできていたという事ですが痛みが激しく架け替えた際に石になりました。
さて、骨といえども経年変化は避けられず、劣化が進みます。
で、最近の2006年に鯨の街太地町が主体となって2004年の北西太平洋鯨類捕獲調査によって捕獲されたクジラ(イワシクジラ)の下あごの骨と肩骨、2005年の南氷洋鯨類捕獲調査によって捕獲されたクジラ(クロミンククジラ)の脊椎骨を譲り受け油を抜くなどの処理をしたもので修復したばかりの、まだ新しさの残る橋です。

欄干(あご骨と肩骨)

欄干の根元(脊柱)
一見、不気味ともとれなくありませんが、命を頂いたあとの感謝と慰霊の意味で作られたそうですので、大切にしたいものです。

瑞光寺
鯨橋と明記されいる
橋が造られたのが18世紀ごろ。それまでの間何回か架け替えられていたのですが、IWCの商業捕鯨禁止に伴い今回の改修は困難を極めたと思われます。だいたい鯨の骨の入手自体が難しい状況です。
他国になんと言われようと、捕鯨と鯨食は日本人の文化であることを示し続けたいものです。
以前にカラオケでNo.2という店舗をご紹介しましたがこちらも二番手狙い(笑)です。

松風地どり
日本で二番目に美味しいと主張していらっしゃいます.
一番はどこかは教えてくれません。
気になるのは同着二位がどれだけあるかでしょうか。日本全国一番や二番を主張するお店がいっぱいありますからねぇ。