2008年11月アーカイブ

また昭和がなくなる

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 昔はお世話になりました。

新幹線0系(新大阪駅)
 新幹線0系(新大阪駅)
 撮影は2008年9月なのでまだまだ群がる人が少ない

 新幹線は東京オリンピック開催の年である昭和39年(1964)に開業。当時走行していた車両が、現在0系と呼んでいるこの車両です。最高時速210kmで走行、新大阪と東京を3時間10分で結びました。
 新幹線の登場で日本のビジネスシーンも大きく変わりました。今のように東京への一極集中を加速したともいえるのが新幹線だと思います。新幹線以前は大阪~東京の移動にはまるまる一日近くかかっていたので、基本的に日帰り出張はありえませんでした。出張先にいって仕事をしたら一晩のんびりして翌日帰るというコースだったのですが、新幹線のおかげ(?)で日帰りできるようになってしまいました。
 速く移動できることから余裕ができると思いきや全く反対の状態に遷移していくのはなんともはやです。

 で、肝心の0系ですがなつかしの車内なども含めて、今一度ご紹介したいと思います。
 JR東海ではすでに0系は全面廃止されておりJR西日本でもこだまとして数本が6両編成で運行されるのみになっていました。JR東海は今でも行っている新幹線営業開始当時の16両編成とは、かけ離れた状態で運行していたわけです。

車内客室
 車内客室

 開業当時の3列と2列のシート構成は取り外され、すべて2列の構成となっていました。
 グランドひかりなどと同じくゴージャスなシートです。

洗面台
 洗面台
 こちらはお湯と水を別々に調節するタイプ

洗面台
 洗面台
 こちらは温度調節カランのあるタイプ

 当時、洗面台がある広い車両と言うのも画期的でしたが、洗面台からお湯は出るわ、石鹸が置かれているわという、旅客車内の装備としては画期的な高級志向の状態です。

乗務員室の窓
 乗務員室の窓

 新幹線客車部の唯一開く窓が、乗務員室の窓です。
 ごらんのように、発車の際に車掌が扉閉などの安全確認を行うため、窓を開いて直接目視確認を行います。

ビュッフェ跡
 ビュッフェ跡

 食堂車やビュッフェが在って当然の時代だったのですが、旅客の志向が列車の高速化に伴い旅行から移動手段と変わったことから徐々に衰退。食堂車が無くなり、次いでビュッフェも無くなり、カフェテリア形式の売店も廃止されています。

男子トイレ
 男子トイレ

 この男子トイレの窓が丸窓だったのもなにやら未来世界を感じさせる意匠だったと思います。
 当時、足踏みペダルで水(消毒液)を流していたのですが、いまや自動で流れるトイレと同じく、用便後に人が離れると自動的に薬液が流れ出る仕組みとなっています。

運転席
 運転席

 0系は運転席後から運転室内部が見ることができるようになっています。現行の車両は全て壁になっており、運転室内部は車両内から一切見えないようになっています。
 しかしながら、ごらんのように扉の窓から運転室内部を除き見ることができるようになっています。
 今と違い、個人情報保護やらテロ対策などといった心配が無い状態では「閉鎖空間」で十分なのでしょう。悲しいことです。

さよなら夢の超特急
 さよなら夢の超特急 ポスター広告

 今回の0系の運行終了はJR西日本がかなり前宣伝を行ったこともあり、「さよなら夢の超特急」と題してキャンペーンをはっていました。おかげで撮影する人の多い事、多い事。群がるように携帯電話のカメラでやおら撮影する人だらけ。あとはコンパクトデジカメで撮影する人、少数とはいえないくらい多くの人がデジタル一眼レフで撮影をしていました。
 この記事の公開日がこだまとしては運転最終日です。
 たぶん、ホーム上は人があふれて警備員が動員される状態だと思われますので近づいておりません。

 なくなるということは寂しいことですが、0系は運行時の車両事故がゼロという画期的な安全運用を達成した世界に誇る高速鉄道車両です。ひかりとして最終運行を行った後は保存か、解体かという運命ですが、運用を支えてきた方々に、ひたすら「ごくろうさまでした」としか言いようがありません。
 鉄道ファンならずとも感慨深い引退といえると思います。

ここは何屋だ

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 電器店?いえ、ちがいます。

大西デンキ
 「大西デンキ」

 電器屋の看板にしてはちょっとお洒落です。

店内の様子
 店内の様子

 これを見ても電器店と思わないでください。

 実は、この大西デンキというお店、バーなのです。
 オーナーが電器配線工事をしていたということで、安易につけた(笑)店の名前なのですが、お気づきの通りでいろいろと誤解を招いているエピソードがお有りでした。

 何せ、この電球。しかも白熱灯なので熱いのです。エアコンが容量が足りないせいでかなり暑い店内だったのですが、念願かなって大きい容量のものに換装。しかしながら、程なく故障してしまったとか。
 で、故障の修理にメーカーのサービスに修理・点検を依頼したのですが、いつまで経っても約束の日時にいらっしゃらない。かなり遅れて到着したそうなのですが、バーであるといわずに屋号の「大西デンキ」としか伝えなかったため、サービスの人はひたすら電器店を探していたそうです。

 まあ、いちびり具合にもある程度限度があるようで(笑)、ややこしい結果を招く屋号をつけたせいでそれなりにややこしい境遇に落ちいらさせられたそうです。でも、屋号については一切後悔なしと言うことでした。

 覚悟さえあれば、どんな屋号も大丈夫ということでしょうか。

紅葉シーズン

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 寒さもまして来まして、いよいよシーズンとなりました。

出石城跡
 出石城跡

 紅葉のシーズンが到来です。ぼちぼちと赤くなって来ていましたが、ぐっと冷え込んだこともあり一気に赤くなりました。

路傍のお堂
 路傍のお堂

 北近畿丹後鉄道の宮福線辛皮駅に行くためにうろうろしているときに見つけたお堂です。
 横に植えられた樹の紅葉が美しく、おもわず見とれてしまいました。
 もちろん、ちゃんとお参させていただきました。

 山も黄色や赤に染まり、一気に落葉して冬が来る季節となりました。
 雪の季節はあまりこういったところに来れませんが、きっと美しい風景を見せてくれるのでしょう。

小物工具(#25)

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 もはや小物ではありません(笑)。

ハンドドリル
 ハンドドリル

 ついに買ってしまいました。
 ちょっとした3mmφぐらいの穴を1箇所開けるのに卓上ボール盤を出してくるのが面倒なのと、夜中に作業できないからです。
 チャック径が6mmのものとこの8mmのものが店頭においてありました。6mmチャックのほうは回転させる小ギアが1つしかないタイプだったため、ちょっと不安だったこともあり8mmチャックのものにしました。こちらはギアを2つ使ってドリル軸を回転させるようになっています。

 コメントでハンドドリルについていただいたことがありましたが、五階の工具店街ではあまり見かけないのと、あってもチャチかったり高価だったせいもあり購入を見送っていたのですが電子パーツショップで見かけてじっくり見ることができたため、購入に踏み切りました。
 で、その店頭に陳列されていたというのは2店あったのですが、悔しいかなどちらも東京系。
 マルツと千石に「しか」店頭陳列が無かったのです。
 HOZANが出していたときは旧ニノミヤパーツランドでも見かけたのですが、廃版商品となってからは店頭から姿を消してしまいましたので、購入意欲がなくなってしまいました。

 早速、昔懐かしい感触を確かめながらちょっと使ってみると、やっぱりうるさい(笑)。
 ギアの作動音がギョリギョリとするのです。
 まあ、これぐらいなら許してもらえるか。と、自分で納得してしまい使うことにしました。
 卓上ボール盤よりははるかに用意が楽です。工具箱から取り出すだけで使えますからね。

 なんとなくピンと来た方がいらっしゃるかもしれませんが、このハンドドリルのハンドル部(柄の部分)は、おしりの部分がねじの蓋になっており、ドリルビットを入れて持ち運ぶことができるようになっています。家で使う分には全く不要な機能ですが、仕事などで外に持ち運んで使うときは大そうなケース入りのセットのドリルビットを持ち運ばなくて良いので、あればあったで使う機能でしょうか。
 そうそう壊れそうにもありませんので、長い付き合いになると思える工具です。

日本橋探訪(#143)

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 業界の栄枯盛衰は激しすぎます。

ツクモ(九十九)電機 なんば店
 ツクモ(九十九)電機 なんば店

 秋葉原にある九十九電機が大阪日本橋に進出。ロボット関連に特化したフロアを設けるなど、精力的に関西でも営業展開をされていたのですが10月30日に民事再生の申請を行いました。店舗の営業は継続されており、民事再生手続きを施行すべく自立・再開を行う努力をされていたのです。。
 ところが、集団動産譲渡担保権を有するNECリースが資産保全処置のため、営業店舗から在庫どころか、展示品を含めて担保確保のために剥がし始めて営業不能状態になってしまい、一時閉店となってしまいました。

 営業時の店舗の様子ご興味のある方は「こちら」をご覧ください。
 大型店舗の閉店・休業も致し方無しなのかも知れませんが、世知辛い世の中になったものです。

いつでも閉店セール

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 いつ行っても閉店セールをしています。

靴の「オットー」
 靴の「オットー」

 南森町の角にある超有名靴店。
 何が有名かと言って、いつまでたっても閉店しないのにずっと閉店セールを続けているので有名です。

 それ以外には池野めだか御用達と思われるシークレットシューズ。
 いわゆる上げ底の靴で、身長が高く見えるという魔法の靴です(笑)。
 
 この店の閉店の能書きは良く変わりまして、これを撮影したときは「格差社会を是正せよ。身長の格差は当店で。」と、ちゃっかり時事ネタに乗った、垂れ幕看板が掲示されていました。

 いつ、本当に閉店するのかハラハラさせておきながらずっと閉店しないという、大阪人的イチビリ精神満載のお店です。シークレットシューズもそうといえばそうですね。

大阪の難読地名(#4)点野

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 これもかなりハイレベル

点野(しめの)
 点野(しめの) 大阪府寝屋川市

 「てんの」ではありません。「しめの」と呼び、MS IMEではちゃんと漢字に変換されました。
 もともとは標野(しめの)が〆野(しめの)となり、転じて点野になったようです。

 と、由来を聞いてもやっぱり読めませんねぇ。

判じ物

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 ○(まる)を、「わ」と呼ばせるわけです。

かし○や
 九州 「かし○や」

 かしわ、という呼称は関西圏の呼び方です。
 でも、お店は九州なんですよね。ううむ。

 でも、この○(まる)を「わ」と呼ばせる記述ですが、ありそうで余り見かけません。
 意匠としてミツワ石鹸(三つの輪が重なっている)のように、デザインとして使うことはあっても屋号にそのまま使っているというところが珍しいと思います。
 もっとも、私の探索能力が低く、見つけられていないとも言えますが。

 しかし、この屋号、「かしわ」という単語を知らないとこれ、かし口(くち)やとか、かしロ(ろ)やと呼んでしまいそうですね。

なんとなく多い

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 串揚げの店の暖簾と提灯なのですが、なにか違和感が。

串揚げ
 串揚げ「ひろ木」
 よく見るとなんとなく違っているような合っているような

 串揚げ専門店の暖簾と提灯。
 一瞬、頭の中で正常に認識されるのですが、フィードバックした段階でエラー(笑)。

 串の字が違います。口が1つ多く3つあります。
 出てくる串揚げも三個刺し、というわけでもなさそうですが。
 しかし、串カツと言わずに、串揚げとしている点を考えますと、どうも関東出身の店主なのかと思われます。
 (串カツについては過去の記事参照ください)

 でも、この字で串(くし)を覚えてしまったら絶対変換できませんね。

さっぽろテレビ塔

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 通天閣と設計者が同じの兄弟タワー。

さっぽろテレビ塔
 さっぽろテレビ塔

 通天閣と同じ内藤多仲の手によるさっぽろテレビ塔です。
 大阪通天閣(二代目:現行)の弟分にあたります。

 通天閣の記事でもご紹介したように設計者が同じなので何処と無く似通っています。
 低層部分と高層部分の2箇所に展望台があります。
 赤い色のせいもあり東京タワーのスケールダウン版に見えて仕方がありません。
 実際は名古屋テレビ塔(1954)、通天閣(1956)、さっぽろテレビ塔(1957)の次にその次に東京タワー(1958)とほぼ同時期に建てられているので、似ているところは仕方なしと言ったところでしょうか。

 通天閣は天気予報がでますが、こちらはデジタル時計です。
 夜中に消灯することも無く、ずっと表示し続けていました。

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